往年の生録
ゲームとの出会いはいつだろうか
35年前にさかのぼる、子供である、薄暗い旅館が最初の出会いだろう、おもちゃそのままのゲーム
ビデオでは当然ないが、これが良くできていて楽しい、面白い
ブリキのおもちゃに棒をつけて、コンベアをスライドさせるゲームです
ボウリングブーム
なぜか、お金を入れて自動的にできるゲームに興味とおもしろさを感じる、もう数年後には
自分がやるとは、、
ブロックゲーム誕生
その中でもジャトレのブロックはスタイルよく軽く
喫茶店にぴったりの商品だった
横浜の中華街をかかえて運んだのを覚えている
(台車も面倒なほど早く設置する必要があった)
ピークを迎える頃、渋谷のスナックで
すごく面白いゲームがあるんですと耳にする
これがインベーダであることは言うまでもありません
金庫は即一杯
プレミア付き機械
毎晩徹夜の完成待ち、今思えばすごいですね
お金がつまった、すぐ来てくれ、故障ではない
行ってみると満杯で詰まるのである

インベーダの終演後、基盤改造処理品ルナレスキューやギャラクシーウォーズなど
相当数のソフトがあふれ出す、この辺りは、レア集にあるような物となる
テレビゲームの黎明期はこの辺で終わるのだろう
すでに高値掴みした業者に倒産が相次ぎ、喫茶市場ではソフトについていけない
お客さんが増え出すが、ジャンピュータ(麻雀)ゲームもあり2極化が進む
この後、ブームは去ったかに見えたが
ギャラクシアンで見事復活
ソフト大黄金時代を迎えることとなる
これほど思い深い商品はない
当時いた会社は交亜産業(サンデンの販社)から
独立した社員が起こした新会社です
その流れから、この平安京を扱うことになる
その直後、晴海のショーでナムコがギャラクシアン披露
これはすごかった、今までの平面画像をくつがえす立体画像
キャラクターのなめらかな動き
当時思いも寄らぬ斬新さに見とれてしまう
これは無理ですよ
ギャラで行きましょうと言ったのを覚えている
ただ、その時は若く気づかないが
なんと言っても、
交亜(交亜、DOK)から商品がダイレクトに入ってくるのだから
その仕入れ値は他社を圧倒していただろう
東大生が作ったというキャッチフレーズも当たり
また、やってみても面白かったですね
結果はどちらも大ヒット
今思えばこのパンフレットばんばん折っていたんだが、、、
まっさらのギャラクシアンにはあらゆる方面の
店オーナーも興奮していた
電話でいらなきゃもって帰りますからが合い言葉だ
ナムコ製はあまり入ってこなかったと思う
許諾品ジャトレのルートだ
今回のオークションで古くからやっていたのですねと
言われるが
ブロックや、インベーダの時
すでに20年やっている、戦後からとかがおられたし、
今も活躍中でしょう
セガはインベーダ前はセガジューク(これはわかる)
その前はローゼンエンタープライズと言ったんだ
飛行場に置いてもらおうと交渉にいったとか聞きましたね
ナムコ創業者のあの方はデパート屋上がスタートで
機械にペンキを塗り(すごく解る)は最初だからこそですね
独立
去る会社から中古台を5万円で買った、これが最初の1台目だ
日物のローリングなんとかと言うゲームだ、2機種切り替えでできる機械だ
後は入ったインカムをすべて2台目、3台目とつぎ込む、この繰り返しだ
利益が出せるようになったのはパックマンの頃だろうか
既成概念にとらわれず、ガチガチに固まっていない
これが業界の良いところですね
この20年の間に操業1代で企業に生まれ変われた業界はないのではないか
まさに日本版ドリームだと思う
ゲーム出身のノウハウを元に、これからもきっと、今度はコンピュータ界で新たなヒットを飛ばすでしょう
任天堂
業務用撤退には驚かされた
家庭用ファミコンへの移行
すでにヒットしていたVSシリーズを捨てての行動
業界では売り逃げかと囁かれる
この決断も振り返れば、大したものです
任天堂社長は今、楽しくなければしょうがないと
高機能化に異論を申しているそうです
家庭用セガ撤退、ソニー不振の中
これ、まさに言葉は悪いが昔からの遊び人
いや、遊び心を知っている
実際、自分たちも
当時、松下がゲームに進出などと聞いても
ゲームばかりは遊び人じゃなきゃ無理でしょ
と、宴席では言っていましたけどね、、
センターの社会問題もあり家庭用は続伸する
家で遊んでね、ってやつだ
当時の業界のすごさ
現金が当たり前だ
小切手でも、又、今度お願いします、だ
当時の新規参入基盤貿易業者談
すごい業界だ、見もしないで、即決、現金、、、
後日、ぬいぐるみメーカー談
目つきはちょっと悪いが、事故は1件もない、先出しで、やらせてもらっている
潤った企業間ではコピー問題もそろそろ問題化してくる
コピーも悪いが抱き合わせも良くないですね
コピーは全員一同悪いことだと誰だって認識している
違法に肩を持つわけでは無いが、冷静に現場を離れ、全体構造を大所からみると
結果的に黎明成長期は市場規模拡大に貢献してるとも言える
きれい事では済まない、裏があるから表があるの現実である
話は違うが日本も将来カジノ計画だってあるかも知れない
競輪競馬競艇オートパチンコスロット、宝くじにサッカーくじ、株式売買だって賭だろう
大物は違法を犯さない、大儀合法へ替える技を持つ
改造
違法もあった現実、合法もあった現実
ロムライターで始まり基盤へ移行しマザーへと
提供側も受け側も大胆だ、テーブル台は自由自在に改造が施される
おかげで現在パソコン改は馴染みやすい
黄金時代のロケーション
ブロック、インベーダでは当時喫茶店業界を開拓できたのは大きかったのではないか
しかし、ソフト黄金時代を迎える頃には、センターへと移行される
風営
これはちょっと暗い
社会問題になれば、ここぞとばかり大義名分が成立する
業界内ではどうなるのかが見えないだけに不安を増幅する
現景気にも似ているところがある
国に認められたのだから、喜ぶべきなどと勘違いする人も出てくるわ、
廃業する人、Gに走る人、人それぞれ
風営施行
あちこち踏み込まれた、と話が出てくる
まあ、現在プロバイダが踏み込まれているような物です
1部がすべてですから
この逆行も、セガ、タイトー、ナムコのセンター改革や個人の意識改革で危機は脱する
アミューズメント業の語源
ゲームメーカーは大企業となり
娯楽場、ゲームコーナー、ゲーム屋と呼ばれることに
もう、それは、ちょっと違うと囁きだしたのが最初ではないか
以後、アミューズメント施設、アミューズメント業界と呼ばれるようになった
バブル終了
ところがこの時、カプコンのストリートシリーズが大ヒット中
ゲーム業界は3年4年後退の影響を逃れたのでは無いか
この頃の猛威はむしろ家庭用ゲームの復旧だろう
当初雲泥の差も中期には遜色無い物に仕上がってくる
メーカー各社も市場規模の違いから開発に力が入る
センターはアンテナショップの役割にも見えてくる
ゲーム株
さすが元ゲーム屋
その値動きは2001年の今も完璧にゲーム
セガバーチャファイターヒット
この頃、いやな予感あり、単体¥715000
リース先も矢のような催促、全体でみようがやはり裏目
2ヶ月目には落ちる落ちる
この頃、撤退が頭をよぎる、景気の問題だけではなさそうだ
景気が良かったらセンターは良かったのか、この疑問で謎は溶ける
もうすでに箱の中身入れ替えで20年、顧客も100円を積み上げ20年だ
限界と言うより、よくもったと思った方がいい
この後は推測通りですね
安値暴落した基盤はほとんど廃棄処理
安値は売ってはいけない、安値での買い取り話はあったが、捨てる方を選択
200Kはあろうスーパーチェイス美品をも、産廃で捨てた時、撤退決意
レア基盤などは、今考えると、惜しい事しましたね
でも、捨ててしまうから価値もでるのでしょうね
このような事で、このページは95、6年頃で終わってしまいます
これからはネットだよってね
94、5年にネットを見たとき、ギャラクシアンの感動がありましたから、、、
さて、毎ページ出現するゴルフの看板、このゴルフ、パターンが同じそうで
無限大のパターンがある
何百年という歴史がある、なぜなのか、、、
これもゲームです、結局ゲームはやめられませんね、この舞台でお会いしましょう
このページを懐かしんだら、ゴルフクリックの時です
え、まだ若い、、おやじに教えてやってください、家族で楽しめます
GAME.INDEX
超体感ゴルフ-GAME-
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AMUSEMENTGOLF-HP-OPEN
あとがき
いろいろと記述していくと、当時を思い出し、書いていることさえ楽しくなる
それほど思い出深い業界であったと言えるでしょう
2001年2月にこのページ作成後
カプコン業務用撤退、セガ、ナムコ赤字決算、SNK更正法申請と
ニュースが続いているようです
最後にこのページの事
すでに大所撤退している事が、より楽しく書けるのかも知れません
最初に書いたようにオークションでの実需が無ければ存在しなかったでしょう
旧ゲームカタログは人知れず、また、長い年月、保管されたに違いない
なぜって、基盤や筐体のようにかさばる物では無いからです
わからない人から見れば、ただの燃えるゴミでしょうが、、
カタログはたくさんの人の手を通り売買されればいい
仕入れたのなら、高く売ればいい、リスクとコストをしょった人が儲けるのは当然の行為であり
それが資本主義で全く筋違いな話ではない
今後、このページのスケジュール
見落としたカタログや当時の実践談は、ある程度更新できるかも知れない
既に共にゲームで飯を食べた方々もすでに転向や存在もわからなくなっているが
いつか、会ったら、情報交換や残されているのかどうか
記憶の曖昧などを問い合わせてみたいと思う
どちらも、ごくまれとなるでしょうが、、、
70年代のゲーム屋と
80年代のゲーム人、これは全く違いますから、もし会えたらきっと、楽しいんですがね、、、